入院17日目
今日は従妹と娘と一緒にお見舞い。
少し瘦せていた母を気遣い、みんなでディルームでお昼を食べようと買出ししてから病院に向かう。
母は、食事制限をされているわけではないが、やはりここは病院。減塩メニューの食事なので、作り置きおかずの持ち込みなどはしないようにしている。なので、母から途中でりんご酢を買ってきてと頼まれていた。
マグロ尽くし握り。サラダ2パック、娘の油淋鶏弁当、そして生クリームたっぷりの季節のフルーツロールケーキを買って病院に行く。
母は元気で、今、ご飯を食べ終えたけど、半分残したと言っていた。
あらかじめ、食事を一緒にしようと約束していたけど、私達の到着が少し遅かったのでちょろっとご飯を食べておいたそうな!
そして、みんなで買ってきたものを遠慮がちにテーブルに並べてランチ!
娘は油淋鶏をばぁばにも奨めていた。
娘「ばぁば、食べますか?」
母「あら、おいしそうだね~、ばぁばにもくれるの?ありがとうね~、でも、ばぁば病院のご飯食べちゃったから、後はデザートの分しか食べれないみたい。ありがとうね。一緒にデザート食べようね!」
娘「じゃあ、急いで食べるから一緒にデザート食べよう!」
とか、かわいい会話をしている。
中トロの握りを2貫ほど食べ、リハビリの問題の話やら、一緒の病室の人の話らやをして食事が終わった。
娘「ばぁば、お待たせ!生クリーム食べれるよ!」
私「じゃあ、売店で珈琲買って来る。〇〇は何か飲むもの買う?」
娘「私はバニラアイスが良い!」
そうです。母は糖尿ではないので、甘いものの制限はありません。ただ、血圧が上がってしまうので、カフェインの接種は控えて下さい。と先生から言われているので、母はカフェインレス珈琲。私と従妹はブレンド珈琲、娘はハーゲンダッツのバニラ。みんな用意が整って、いよいよ母のお待ちかね生クリームの時間です。娘も私も生クリームが苦手なので、母の生クリームの食べっぷりには、いっつも唖然としてしまいます。
娘「ばぁば、どう?おいしいですか?満足?」
と質問攻め。母は、ニコニコと大きなお口を開けてあっというまに2切れぺろり。
5切れあったケーキを従妹が1切れ。私と娘で1切れ、母が2切れ、そして残りの1切れは母の明日のおやつになりました。
お腹も見たされ、おしゃべりもいっぱいしたので、母も少し眠そうな顔。そして、次は母の誕生日に来るからね!と約束をして病院を後にしました。
駅で従妹と別れてから、家に帰るには早いので、途中家電量販店により、娘の今ハマっている、仮面ライダーエグゼイドのカードゲームを一回だけして帰りました。
まだ一度しかしたことのないゲームなのに、普通にやっている娘に平成を感じた瞬間でした。
そろそろ一度目の入院費の精算が来るなぁ~と思った帰り道でした。
外泊3日目、病院に戻る。
朝、9:30に母を迎えに行くと。既に荷造りを終え、着替えもして準備万端であった。
昨日のてんやわんやで、無事に薬をもらったので、少し買い物をしてからゆっくりとお昼ご飯を食べることにした。
近所の和食屋さんで、母は松花堂弁当。私は、春御膳みたいなものを食べた。
母は、やっぱり美味しい、美味しい。と嬉しそうにパクパク食べた。
今回の外泊はどうだった?と聞くと、体力が落ちていたせいか、少し疲れた。
と母はいった。
病院に戻りたい?と私が聞くと、戻りたくないけど、まだ退院は無理かもね...と母。
やはり、疲れた顔をしている。やりたいこと、というかやらないといけないことがいっぱいあって、家にいる方が気が張って、ゆっくりできなかったのだろう。
ゆっくり食事をし過ぎて、珈琲を飲む時間が無くなってしまった。
仕方なく、病院に戻ると早速看護婦さんが来た。少し怖い看護婦さん。あだ名は...怖いちゃん。背が高く、威圧的で怖い!そして、少し落ち着いたら血圧は擦ります。しばらくして、怖いちゃんが来て、血圧を測ってから、外泊中の様子を私に聞き、普通でした。と答えると、母に、今日は何月ですか?何曜日ですか?お名前は?....などなど色んな説明を求められ、さっきまでの母とは違い、焦っているのが私にも伝わり、一生懸命答えている答えは...全然チグハグ!
看護婦さんも悪くない!もちろん母も全然悪くない。いろいろな人がいての社会だから、これくらいでビビっていたら、社会復帰はできないのだ。.....ろう?.....と私は思った。
看護婦さんが病室から出て行って、私は笑いながら小声で母に呟く。
怖いちゃんだから、ビビったなぁ~!(笑)
すると母も、さっきまで言えてたのに、なんだかドキドキしちゃって!だと。
大丈夫、ちゃんとわかっているのわかってるよ!と娘ながらやさしい言葉。
そして、リハビリの先生にもお赤飯あげて、色々報告しなくっちゃ!とはりきる母をみて少し安心して、病院を後に娘を迎えに行った。
病院からの帰り道、この頃同じことを思う。
母の顔を見て、元気に母と別れた時が一番心が晴れる。うれしくなってHappyな気分とはこんな事を言うのだろうとつくづく思う。
次の面会は三日後だなぁ....。
気を取り直して、外泊2日目続き....
気を取り直して...!
母の新たな梗塞という事実に関して、心がざわつきながら、タクシーに乗る。
.....が、このタクシーがまた大ハズレ!
本当はこのことも書きたいのだが、先に進めたいのでやめておく。
病院に電話から20分後には間に合った。急いでナースステーションに行き、薬を受け取りに来たと伝えると、先生から預かっていない!というので、電話での詳細を説明し、先生に確認してくださいとお願いした。そして、先生は緊急手術に入ってしまって、今から薬の依頼をするので、できるのが、何時になるかわかりませんので、デイルームで待っていてください。と言われた。
しばらくデイルームにいて、何時になるかわからないということなので、主人に娘の迎えを頼んでも、仕事先の人に迷惑がかかるかもしれない....と思い、やはり娘のお迎えに行ってから、もう一度病院に戻って来る事を看護婦さんに伝えて、病院を後にした。
大急ぎで、また別のハズレタクシーにのり娘の幼稚園に向かう。今度のタクシーはやたらとしゃべりかけてくる。私は頭の中で、なぜ今頃、MRIの事を言ってくるのか?でも、外泊前に梗塞が出来ているのだとすると、今、お赤飯をちゃんと作れて、近所の道にも迷わず、スーパーで買いたいものをちゃんと買い、お会計もできる。
これって、大丈夫なんじゃないのかなぁ....?いや、ある日突然、倒れたりするかもしれない!などなどと集中して自分を落ち着かせたいのに、気が散る事ばかりする運転手。なになに、今日は、お客様とおしゃべりしようタクシーでキャンペーンなのかよ!
みたいな日。
やっと娘と病院に戻ったが、そのタクシーもおしゃべりタクシー。この場合、娘の不愛想で警戒心の強さをガンガン出す感じで助かった。
薬をすぐに受け取って、今度はおじいちゃんタクシー!おじいちゃんは、道もわかるし、おしゃべりも少しだけ。娘はじいじが大好きなので、おじいちゃんには素直に答えて娘からも話かける。平和なひと時。
すぐに実家につくやいなや、母にとりあえず梗塞がもう一つ見つかったからと薬を飲ませ、詳細を母に話し、明日また来るからと、ものの5分くらいで靴を履くと....娘が言った。「今からママとミスドでお茶するけど、ばあばもご一緒しない?」と、すると母が用意をしようとするので、私が「ばあばは、お風呂上りだから風邪ひいちゃう。今度にしようね。」というと、「じゃあ、また今度ね!」とばあばにバイバイをして、ミスドで3時。
長いよ~今日一日。
という心配事の増えた一日でした。
一時帰宅そして長い1日。
入院14日目(外泊2日目)
朝、9:30過ぎに実家に到着。
母はお赤飯を蒸していた。
私「何~、ちゃんと出来そう?」
母「大丈夫よ~!」
そして、しばらく蒸してお赤飯が出来上がった!
以前、二升で失敗したのに、また二升で作るというから、この前失敗したのに大丈夫?と聞いたら、今度は大丈夫と言っていた。
食べてつまんだ感じは大成功!
お赤飯ちゃんと作れたね~!!
そして、みんなに配る分を小分けにして受け取り、昨日の様子を聞いて、今日は父が休みで一日家にいるということで、自宅に帰った。
そして、自宅に戻り昼ごはんを作り、食べ始めたその時、知らない番号から着信が来た。私は病院かな?と思い出ると、母の担当の脳外の先生だった。
外泊する前日に撮ったMRIで、新しく梗塞が見つかったが、異常はないですか?ということだった。さらに、ワーファリンの薬を新薬に変える話をしていたのだが、その薬を早く飲ませたいので、取りに来てください。というのだ!
一瞬、今戻ったのに....と心の中で思い、明日ではだめなのか?と聞いたら、明日何時に戻れますか?というので、10時くらいには....と言って、了解を得て電話を切った.....
が、切った瞬間、今晩にも何かあったらどうしよう!やっぱり、早く飲ませよう!と思い、担当医にやっぱり今から取りに行きます。とかけ直し、30分後にとりに行く約束をした。
今日は、つかれました。続きはまた明日。
久しぶりの我が家。
入院13日目
朝9:30、バスに乗っていると母から電話が来た。
私の到着がいつになるか気になったのだろう。
程なくして病院に到着し母の病室を訪れると、既に私服に着替えて荷造りして帽子をかぶり待っていた。
今回は2泊3日の外泊なので、ほとんどの荷物を置いていく。それでも、洗濯物や着替えやいただきもの等、結構な荷物になった。
担当の看護婦さんから先生からのお手紙を渡されて、戻ってくる時間を確認して、早々と病院を出た。
病院の正面玄関から出た母は、まだまだ冷たい風が吹いているのに、風が気持ちいいねぇ~と嬉しそうだ。母の希望で電車に乗って帰ることにした。
私「電車乗れるかね?」
母「乗れるでしょう~、でもスイカ忘れちゃったから切符買わないとだめだわ!」
私「いくらの切符買えばよいかわかる?」
母「いくらだっけ?140円?」
間違っていますよ。でも、いつもスイカを使っていると、確かに運賃がいくらかなんて覚えていないかも??だから、切符の件はセーフ!!
そして、改札に入るとき切符をちゃんと入れることができるのか?黙ってみていたら、大丈夫。これもできました。
今度は電車に乗ります。どこのホームで待てばよいか?わかるのかなぁ~?これもできました。
電車が来て乗って直ぐに自宅の最寄り駅に到着。改札口を出た時、一瞬戸惑っていた感じでしたが、それから自宅までは道も間違えずにすたすたと歩いて行けました。
家に入り、父が朝ご飯(トーストと卵焼き)を作って待っていてくれました。なんとやさしい!久しぶりの我が家ですぐにゴミを出したり、掃除をし始めたり、洗濯をした。洗濯物を干し終わって、今度は買い物に行った。今日は○○スーパーに行きたい。といい、一緒にお買い物。ついでに私も自分の家のお買い物。やはりお買い物は楽しそう!でも、スーパーってやっぱり楽しい。主婦にとっては色々な情報が手に入るからだ。旬の果物、野菜、魚など、3月3日はひな祭りなので、それに関連した子供のお菓子や、ハマグリ、ちらしずし関連のものとかが多く、私の娘にこれ買ってあげようか?とかいってコカコーラのグーの飲み物を6個まとめて買うと、クーのお盆が貰えるから!と買ってくれたり、病院の食事が味気ないからとふりかけを買ったり、今日の晩御飯は油揚げと小松菜の煮物を食べようか?とか色々とぶらぶらしてお会計。お金をちゃんと払えるか?と思ったけど、まぁまぁいいでしょ!というのも、2856円?みたいな金額だったので、3000を出していたからだ。
帰り道、焼き芋の話をしてすぐに家に着く。明日のお赤飯の用意をしないと!!と言って大正金時まめをお水に入れて、お赤飯の準備をし始めた。
そろそろ、一度横にならないとだめだよ!と布団に入るのを進めたが、私がいると気を使って横にならないので、昼過ぎに明日の約束をして家をでた。
外泊1日目、今のところは大体以前同じ事が出来ている感じ!
大正金時まめが恋しくなったら、探してみてね!
脳梗塞の現状。
入院12日目
今日は朝から病院でお試し外泊の説明を聞いた。
今回は脳外科の先生ではなく、母の頭のリハビリを担当している先生からのお話だった。
病院に到着したとき、母の姿はベットに無く、上着のカーデガンも眼鏡も携帯もベットに置いてあった。私はトイレか検査をしているのだろう!と思いそのまま母のベットで待っていた。
母は4人部屋の窓側。みんなカーテンをしてプライバシーを守っているが、窓があるのはやっぱりラッキーだ!母も窓があって良かった!としみじみ言っていた。私は母のいないベットの端に座り、テレビをつけるわけでもなく母のベットに置いてあった料理の本を読んでいた。
昨日までは、いなかった母のとなりのベットにも新しい入院患者さんがいらした。
そっと耳をダンボにしていると、どうも認知症チェックのような?先生が質問したことに答えるテストをしている感じだった。
例えば、①今日は何年何月何日何曜日ですか?
②今の日本の総理大臣の名前をフルネームで教えてください。
③アメリカの今の大統領の名前を教えてください。
④先生が言った言葉を書いてください。
⑤動物の名前をなんでもいいのでいっぱい答えてください。
等など、以前、任天堂DSで川島教授の大人の脳トレでやっていたことだ!と途中で思い出したが、他にもいろいろと質問されていた。そして、心の中で私も先生の質問に答えていた。そしてそして、え~私も出来ないかも~!!と思いながら密かにドキドキしていた。
しばらくして、母が戻る。やはりMRIの検査をしていたらしい。検査から戻った母とヒソヒソ話をしていたら、隣で色々と質問していた同じ声の先生がカーテン越しに顔をだした。その方が母の担当のリハビリの先生だと知った。先生から明日の外泊の事と、入院してからの脳の現状について説明をしたいのでと私一人が呼ばれた!
先生の個室まで案内される途中で、母の日頃の生活状態とか色々と聞かれた。
そして、MRIやCTの画像、母との質問結果をグラフで表したもので説明を受けた。そのテスト結果によると、母の梗塞後のテストで、インプットは良く理解できているが、アウトプットはかなりの出来だということだった。その差は100点対30点ぐらいの落差があり、パッと見てこれがダメージを受けた部分の領域なんだと想像できた。
視覚から入る情報については問題のない状態。だけど、計算や四コママンガのストーリーを説明してください。のような話を組み立てることはうまくできないらしい。生活をしていく部分だと、例えば、料理のやり方、器具の使い方、買い物の時のお金の勘定、などで使っている部分に不安がある。とおっしゃっていた。私は、日曜日の母を見ていて少し安心し過ぎてしまっていたようで、やはり、母の脳の一部は壊れてしまったんだとショックで涙が出そうになった。それから、先生と外泊から戻ってきてからの話をして、どこを注意して見てほしいかを教えていただき、現状はそう簡単に退院出来ない!ということを覚悟させられた。
病室に一人戻る途中、ショックな状態を引きずっている自分をどうにかしないとと思ってはみたものの、そう簡単には立ち直れない。でも、母の自信の無い何かを怖がっているかのような顔を見たら、一瞬で心のフニャフニャが飛んでいた。そして元気に母に現状を伝え、やはり壊れてしまったところが確実にあり、そこをがんばって回復させよう!と冗談交じりで話した。先生は、料理もうまく出来ないかもってよ~!??っとふざけて言ったら、母は、大丈夫だと思うけどなぁ~?と少し自信ありげに話したので、じゃあ明日楽しみだね!!すごいひどいのできたらどうする~?と話して二人で笑った!
何だかすごくすごく怖い。でも、明日は来る。見てから決めよう